論文レビューメモ

オープンアクセスの論文を一つのテーマに沿って3本ピックアップし、まとめています。2024年は生成AIを論文の執筆や解釈、まとめにどう使えるかを試していきます。

自発的発酵と伝統食品

自発的発酵を利用した伝統食品について。人類の長い歴史の中で食料の確保は最大の関心事。発酵は食料の長期保存を可能にした、か、もしくは勝手に発酵してたまたま食えたか。発酵食品が合わなくてお腹壊したり、食中毒っぽくなってしまう人もいたんだろうなと思うけど、そういう性質の人は集団から排除されて、発酵食品を食べても平気なヒト集団だけが残ったのかなとも思ったり。

今回選んだ論文はこの3本

1. Vermote L et al. New insights into the role of key microorganisms and wooden barrels during lambic beer fermentation and maturation. Int J Food Microbiol. 2023 Jun 2;394:110163. doi: 10.1016/j.ijfoodmicro.2023.110163.

https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S016816052300079X

 

2. Nikodinoska I et al., Characterization of Lactic Acid Bacteria Isolated from Spontaneously Fermented Sausages: Bioprotective, Technological and Functional Properties. Foods. 2023 Feb 7;12(4):727. doi: 10.3390/foods12040727. 

www.mdpi.com

3. Bettera L et al., Selective enrichment of the raw milk microbiota in cheese production: Concept of a natural adjunct milk culture. Front Microbiol. 2023 Apr 26;14:1154508. doi: 10.3389/fmicb.2023.1154508. eCollection 2023. 

www.frontiersin.org

※エルゼビアのサイトの論文は埋め込みリンクが効かないんだな。

ChatGPT (May 24 version) による3本の論文要旨のまとめはこちら

自発的発酵を利用した伝統食品は、独自の特徴と課題を持っています。これらの食品は伝統的な製法で作られ、微生物の自然な発酵プロセスが重要な役割を果たしています。

特徴として、自発的発酵を利用した伝統食品は多様な風味や香りを持ち、個々のバッチで微妙な違いが生じることがあります。これは、木製樽や自然の環境からの微生物の影響によるものです。伝統食品は長い間にわたり受け継がれてきた製法や素材の使用も特徴であり、文化的な遺産として重要な存在です。

一方、伝統食品にはいくつかの課題も存在します。バッチ間のばらつきは一つの課題であり、木製樽の使用や自然な発酵プロセスにより、製品の品質や特性に一定の差異が生じる可能性があります。また、微生物の抗生物質耐性や微生物叢の制御も課題となります。抗生物質耐性の微生物が使用される場合、安全性や健康への懸念が生じる可能性があります。また、微生物叢の制御に関しては、選択的な培養物や追加の微生物の使用による微生物叢の変化や劣化、熟成中の微生物の動態に関する課題があります。

これらの課題に対する解決方法は、さらなる研究と実験が必要です。特定の微生物株や培養物の選択や開発が、品質向上や安全性の確保に役立つ可能性が示唆されています。また、伝統的な製法や特性の保持を重視しながら、微生物叢の制御や品質の一貫性を改善する方法も検討されるべきです。伝統食品の製造者や研究者は、これらの課題に対処するためにさまざまな手段を探求しており、伝統食品の独自性と品質を保ちつつ、安全性や製造プロセスの安定性を向上させることを目指しています。

※個別に興味のあるポイントについて質問して会話のラリーをした後にまとめてもらった方がより良い感じになる気がする。

抗生物質耐性を有する微生物が使用されると安全や健康の懸念、と言う内容は今回の論文では触れられていないので、ChatGPTが学習したデータにそういう記述が結構あったんだろうな。

古来、人類が作ってきた発酵食品は、基本的には原料に付着している微生物をそのまま発酵宿主として使用する「自発的発酵」で作られたと考えられる。発酵技術を洗練させて行く過程で、「前回作ったものを一緒に入れて仕込むと同じようなものができる」と気が付いたり、もしくは微生物学の成果によって優秀な種菌が単離され、それを利用するようになったり、と次第に自発的発酵から人為的な発酵宿主の付与による制御された発酵へと移っていった。自発的発酵の最大の問題点は品質の不安定さであって、仕込みバッチごとに生じる差をできる限り少なくしたいという欲求から発酵宿主の使用や発酵条件の制御方法が発達したと考えられる。逆に言えば完全な自発的発酵を利用して安定的に作られる発酵食品は奇跡の塊ともいえる。今回はこのような自発的発酵を利用しながらも安全で安定した品質のものを作り出す技術開発に取り組んだ例を紹介する。

文献1ではベルギーの自発的発酵を利用したビール、ランビックについての研究。ランビック発酵時に働く微生物とその生理特性について調べた上で、木樽の使用がランビックの品質安定に一役買っている、という結論。日本の発酵食品でも木樽を使用するケースがあるけれども、HACCPの観点から使用しない方向。自発的発酵を利用するからこそ、木樽のような微生物の隠れ場所になるものを使うことが安定的な発酵宿主の供給という観点から有利なんだろうと考えている。

文献2ではサラミ発酵に使う乳酸菌の単離について検討。防腐剤を使わずに発酵食品を作ろうとした時に、より強い乳酸菌を得ることができれば安心安全高品質なものができるだろう、と言う視点。この取り組みだと自発的発酵を利用しない方向に向いているのでやや趣旨から外れる。興味深いのは防腐剤を使わずに発酵食品を作ろうとするというところ。欧米で最近よく言われているクリーンラベルのトレンドを踏まえた研究も一つのジャンルになるのかもしれない。

文献3ではチーズ発酵の宿主を自発的発酵によって供給するという試み。チーズの発酵は主発酵(牛乳を発酵してカードを作る菌)を担当する乳酸菌と熟成を担当するサブ微生物が働く。主発酵菌はいまでも自発的発酵で増やしているケースが多いが、サブ微生物を自発的発酵で増やしているケースはない、との筆者らの見解。確かにカビ等は後からつけることが多い。意欲的な取り組みだが、サブ微生物の増やし方が主発酵菌と同じようなやり方で増やしているので結局差が出なかった、という結果。もう少し選択圧の掛け方を変えれば新しい技術開発になりそうな気がする。

自発的発酵は発酵に影響を与えるファクターが多いので、品質を安定させるのが難しい。今回見た研究ではどのように安定させるかの方法が提示されたが、結局のところ、人為的に発酵宿主を添加するのが手っ取り早い、という印象。つまりはこれまで微生物学が進んできた方向は間違ってないなと再認識した。

 

以下はまとめを作るためのメモ

1. ベルギーの自発的発酵を利用したビール「ランビック」の発酵過程で働く微生物に関する論文。ランビック発酵に関与する個々の微生物について詳細な検討が行われてこなかったので調べた。ランビックはAcetobacterによる発酵が特徴的。ランビックの発酵も漬物と同じで主となる発酵微生物が遷移していく。4つのフェーズに分かれると考えられているのでより複雑。原料に通常のビールに使う発芽した大麦だけでなく、発芽していない小麦を使うのが長期熟成させる発酵食品の原料としてのポイント。ランビックって結構面白い発酵食品だな。木樽で熟成させることで香りも着く。

 

製造工程は大麦麦芽、発芽前小麦、古いホップ。最初はビールと同じように煮汁を作って平たい木樽で冷ます。この時に乳酸を添加して酸性にする。日本酒と同じ。やっぱりこうでもしないと雑菌入っちゃうよな。オーク(コナラ)樽に入れて熟成。論文には記載がないけど3年くらい寝かすみたい。ビールといってもフレッシュさ、爽快さからは遠いよな。

 

研究のデザインは参考になる。発酵プロファイル(炭素源量の推移、pHなど)、特定の発酵産物(エタノール、短鎖脂肪酸、D-, L-乳酸、揮発性成分)の推移を調べている。菌叢は培養法とショットガンメタゲノム法で解析。培養法は培地を複数使っているので統一的な割合を算出することが難しそう。ショットガンメタゲノムは種レベルまで同定できるので発酵宿主の代謝特性や生理学を見ていきたいときはこっちの方が情報量多い。以前書いた論文で「同じ種でも株が違えば発酵特性が変わるので、基準株で代謝特性を論じるのは意味がない」という指摘をされたことがあったけど、この方法であれば発酵宿主の発酵特性について論じることができると思いつつも、完全に個別の事象の説明になるので、そこから一般的な結論を導くことは可能なんだろうかと思ったりする。でも菌叢解析を生理学の議論に帰着させることができるので、生理学をやりたい場合はこの手法が良さそう。

Acetobacterの活動が特徴的といいつつも、結局乳酸の方が酢酸よりも濃度高い。生菌としてサンプルから結構単離されてきているので、存在量は多いんだろうけども。乳酸+酢酸で酸味が複雑になっている、という解釈が正しいのかな。

自発的発酵を利用する発酵食品で課題となるバッチごとの誤差は、使い回す木樽が発酵宿主の供給源となってくれるおかげで軽減されている、という考察。ただ、使い回す木樽は発酵過程の最後の菌叢を反映しているだろうから、それが発酵初期の菌叢に影響を与えるかなぁ、という気もする。今回の結果でも発酵初期と発酵終了時で菌叢は結構違うので、どうだろうか。バイオフィルムの形成が多孔質の木樽では容易なので、発酵宿主がバリアを張ることができる、という考察は漬物の菌叢遷移にも同じことが言えるのかも。

 

2. 自発的発酵を利用した発酵ソーセージ(サラミ)から単離した乳酸菌の話。発酵食品から乳酸菌を単離してその特徴を調べる、という論文はこれまでもたくさん出ているけど、これからもこういう論文はたくさんでてくるんだろうか?

サラミから単離された乳酸菌、L. sakei多数。sakeiは発酵肉と相性いいのか?日本酒から単離されたから、日本酒に特徴的な乳酸菌と一時は言われていたような記憶だけども、同じ種でかなり多様性が高いということを裏付ける。

自発的発酵を利用した発酵食品から単離された乳酸菌は、安全な発酵食品を作る上で、より有能(高い生育速度で他を圧倒できる、高塩・高脂質の過酷な環境でも生存できる、乳酸やバクテリオシン等の生成で好ましくない微生物の活動を抑制できる)であると考えられるので、近年のクリーンラベル消費のトレンドに応えるために防腐剤を使用しないで安全に発酵食品を作るために活用できるんじゃないか、という結論。クリーンラベル消費は今後、一般に受容されるトレンドになるか、前衛的で一過性のトレンドなのか、まだ見極め難しい印象。農芸化学のこの100年の成果をどう考えるか、っていうところにも繋がりそう。

 

3. チーズの発酵や熟成に人為的に微生物を添加しないで作る方法について検討。チーズはカードを形成するための酸生成(乳糖を乳酸に変換)するメインの乳酸菌と、チーズに特徴を与えるサブの微生物(エメンタールチーズのプロピオン酸菌とか、ブルーチーズの青カビ、ブリーやカマンベールの白カビもこれに含まれるな)が働いている。人為的に添加しないで乳由来の乳酸菌を使うこともできるけども、品質が不安定だったり、熟成までの時間が読めないなどがあって実際に商業ベースに乗せるのは難しい。

伝統的な手法では、種菌叢を牛乳やホエイで植え継いでチーズに使う乳酸菌を維持していて、EUとUKで決められた「Protected designation of origin」の要件に伝統的な手法を用いて作られることが含まれている。(日本で言うところのGI認証。GI認証でも工程管理が要件に含まれているが、伝統的な手法でなくてはならない、というわけではなさそう。)他にも、牛乳やホエイの自発的発酵でチーズを作る例があり、これらの手法は現在でも主にメインの乳酸菌の種菌を供給するために使われている。一方で、サブの微生物を供給するためには用いられていない。サブの微生物を維持するための方法としては、植え継ぎ法は難しいと考えられているので、その困難を克服するために研究する。

スイスのヴァシュラン・フリブルジョワの手法を使って検討。グリュイエールの発祥地のフリブール州で作られている。

牛乳やホエイを使って自発的発酵をさせると最終的には乳酸菌だらけと言う感じ。選択圧としては加温と塩だけなので(牛乳かホエイかの原料の違いはあるが)、この条件であればメインで発酵する乳酸菌しか残らないのかなと言う気はする。

これを使ってチーズを作ってみると、チーズの発酵初期には菌叢的にも成分的にも部分的に差はあったけども、熟成が進むと差はなくなっていく、と言う結果。サブ乳酸菌の素を加えると菌叢には確かに影響があるけども、メインの乳酸菌の影響が大きいんだろう。というか、サブ乳酸菌の素の作り方自体が結局のところ自発的発酵で調製されているものなのでメインの乳酸菌とあまり差が出なかった、というところかなと想像。